【閲覧注意】フリマで買ったノイズキャンセリングイヤホンが、家族の記憶を“キャンセル”した話

佐藤ユウキは、大学の騒々しいカフェテリアで、耳にぴたりと吸い付く新しいワイヤレスイヤホンを装着した。オンラインフリマサイトで「新品同様」と謳われていたそれは、驚くほど安価だったが、その性能は期待以上だった。ざわめき、食器の音、隣のテーブルのけたたましい会話、全てがまるで魔法のように消え去り、彼だけの静寂がそこに広がった。彼はこれこそが求めていたものだと、小さく微笑んだ。

初めのうちは、その完璧な静寂にただ満足していた。図書館で集中するのも、電車での移動中にうかうかと眠るのも、これさえあれば何の邪魔も入らない。しかし、やがて奇妙な出来事が起こり始める。

ある日、カフェテリアで友人のタケシと話していた時だった。タケシが熱弁をふるう最中、彼の声が、すっと、途切れるように聞こえなくなった。 ユウキは一瞬、イヤホンが故障したのかと思ったが、タケシの口はまだ動いている。慌ててイヤホンを外すと、タケシの声は戻った。その時、タケシが「さっき、お前、何て言ったんだ?」と問いかけるのに対し、ユウキは「え?何か言ったか?」と返すしかなかった。なぜか、タケシの直前の発言内容が、まるで霧のように思い出せなかったのだ。その場は笑ってごまかしたが、心臓の奥に小さな不協和音が響いた。

数日後、その不協和音はさらに大きくなった。タケシから遊びの誘いがあった際、ユウキは「タケシって、そんなによく遊ぶやつだったか?」と、漠然とした違和感を覚えた。SNSを見ても、タケシとの共通の友人が、どこかタケシを避けているかのような、奇妙な反応を見せる。そしてある時、ユウキはタケシについて話そうとして、彼の顔も、名前も、記憶の引き出しから抜け落ちてしまったような感覚に襲われた。タケシは彼の生活から、ゆっくりと、しかし確実に消え去りつつあった。

恐怖は、やがて現実そのものを侵食し始めた。

大学の講義中、ユウキはいつものようにイヤホンを装着していた。担当教授の声がいつもより大きかったので、ノイズキャンセリング機能を最大にした。その瞬間、教授の声が完全に消えた。しかし、それだけではなかった。隣の席の友人が、教授が立っているはずの教壇ではなく、誰もいないホワイトボードを凝視していたのだ。他の学生たちも、そこに**「教授という存在がいない」かのように振る舞い、誰もいない壇上のスライドを真剣に見ていた。** ユウキは全身の毛が逆立つ感覚に襲われ、咄嗟にイヤホンを外した。だが、教授の姿は戻らなかった。誰も、彼がそこにいたことを覚えていない。授業は、まるで最初から教授が存在しなかったかのように、別の学生が質問に答え、別の学生がメモを取るだけで進行していった。

ユウキは家へ逃げ帰った。あのイヤホンは一体何なのだ。彼は恐怖に震えながらも、それでもノイズキャンセリングの魅力から逃れられずにいた。実家に帰れば、きっと両親が彼の混乱を鎮めてくれるだろう。

「ただいま」

玄関を開けると、母が台所から「ユウキ、おかえり」と声をかけた。父もリビングから顔を出した。安心感に包まれ、ユウキはイヤホンを外し、今日あった出来事を話そうとした。しかし、口を開く前に、またあの誘惑が勝った。ほんの少しの間だけ、もう一度、あの完璧な静寂を味わいたい。彼は再びイヤホンを耳に押し込んだ。

母の声が、父の声が、一瞬で消え去る。

その直後、異変は始まった。

リビングに飾られていた家族写真から、両親の姿が、絵の具で塗りつぶされたように消え始めた。 次に、台所に置かれていた母のお気に入りのマグカップが、まるで最初からなかったかのようにその場から消滅した。父が毎朝座っていたはずのリビングのソファに、わずかな窪みだけが残され、しかしそこに誰かが座っていたという確かな記憶が曖昧になっていく。

ユウキはイヤホンを外そうともがいた。手が震え、指がうまく動かない。

「おかあさん!おとうさん!」

必死に叫んだが、その声も、まるで自分の喉から出ていないかのように遠く感じられた。部屋の中の空気は重く、ひどく静まり返っていた。そして、彼の記憶の中の両親の顔が、輪郭を失い、意味をなさなくなっていく。誰かがここにいたはずなのに、誰だったのか。彼は必死に思い出そうとするが、靄がかかったように何も浮かばない。

「ユウキ、大丈夫か?お前、顔色がひどいぞ!」

玄関から友人の声が聞こえた。タケシではない、別の友人だ。彼の声はまだ、届く。ユウキは必死に友人の元へ向かおうとしたが、その場に崩れ落ちた。友人が彼の家に入ってきた時、彼はまだイヤホンを装着していた。友人からは、空になった充電器が床に落ちているのが見えた。しかし、それを使っていた「誰か」の記憶は、友人の脳裏にも存在しなかった。ただ、ユウキが独り暮らしをしているはずなのに、複数の生活痕があるという、不可解な状況だけがそこにあった。

意識が遠のく中、ユウキの耳には、最早何の音も届かない、しかし確実に存在する**「無音のノイズ」**だけが、延々と響き渡っていた。それは、彼の世界から全てを消し去る、静かなる侵略の音だった。

数日後、彼の部屋から回収されたそのイヤホンは、何事もなかったかのように電源が入ったままだったという。そして、それに関わった者たちの記憶から、佐藤ユウキの両親の存在は、完璧に「キャンセル」されていた。


アイテム番号: SFP-9471

オブジェクトクラス: 禍(か)

  • 禍(か): 高い危険性を有し、生命や環境に深刻な影響を及ぼす。収容違反や使用による被害が甚大である可能性がある。

特別収容プロトコル: SFP-9471は、サイト-██に設置された防音・防磁処理が施された厳重な収容ロッカーに保管されます。ロッカー内部は常時監視カメラによって視覚的に監視され、不測の事態に備えて自動消火システム物理的固定装置が備え付けられています。SFP-9471を取り扱う際は、常に2名以上のDクラス職員が担当し、聴覚保護具と認識保護フィルターを着用した上で、遠隔操作アームを用いて慎重に行う必要があります。

全ての実験は、サイト-██に設置された完全防音かつ電磁シールドが施された実験室で行われ、音声記録は一切許可されません。実験後のDクラス職員は、SFP-9471が活性化した際に発生した認識異常が周囲に伝播しないよう、広範な記憶処理を施されます。SFP-9471に関わった全ての関係者は、最低でも48時間以上の検疫期間を設け、影響範囲を特定するため広範な記憶スクリーニングと認識安定化処理が実施されます。

説明: SFP-9471は、市販されているワイヤレス型のノイズキャンセリングイヤホンと外見上区別がつかない一対のイヤホンです。材質や製造元のロゴ、型番も一般的な製品と一致しており、標準的な無線充電器で電力供給が可能ですが、バッテリー寿命は異常に長いことが判明しています。

SFP-9471の異常性は、ノイズキャンセリング機能が作動している際に顕現します。SFP-9471は、物理的な音波を遮断するだけでなく、着用者が「認識するはずだった音」そのもの、およびその音に関連するあらゆる概念、記憶、影響、そして時には発生源の存在そのものを、世界から一時的または永続的に「キャンセル」する能力を持っています。

この「キャンセル」効果は、以下の段階を経て進行することが確認されています。

  1. 第一段階(概念的キャンセル): 着用者が特定の音(例:特定の人物の声、特定の音楽、警報音など)をキャンセルするよう意図した場合、その音は物理的に聞こえなくなるだけでなく、着用者および周囲の人物の記憶から、その音が持つ「概念」や「情報」が一時的に欠落します。例えば、あるメロディーをキャンセルすると、そのメロディー自体が存在しなかったかのように、記憶から失われます。
  2. 第二段階(影響的キャンセル): 第一段階が進行すると、キャンセルされた音が引き起こすはずだった**「影響」が世界から取り除かれます**。例えば、警報音をキャンセルした場合、その警報音が知らせるはずだった危険(火災、侵入者など)が実際に発生しなくなるか、あるいは発生しても周囲に認識されなくなります。これは因果律に深刻な歪みをもたらすことが示唆されています。
  3. 第三段階(存在のキャンセル): 最も危険な段階です。着用者が特定の人物の声、または自身の存在を否定するような音(例:自分の名前を呼ぶ声、自分の存在を肯定するような声)をキャンセルし続けた場合、その人物の声だけでなく、その人物の周囲からの「認識」そのものが徐々に失われていきます。最終的には、その人物は周囲の記憶や記録から完全に消滅し、存在しなかったかのように扱われることになります。この状態になった人物は、財団の介入なしには二度と元の認識を取り戻すことはできません

SFP-9471が能動的に異常性を発動している間、イヤホンから微弱な**「無音のノイズ」**が放出されていることが特定されましたが、このノイズは通常の聴覚では感知できません。この無音のノイズは、周囲の現実認識に干渉する効果を持つことが示唆されています。

発見経緯: SFP-9471は、██県██市で発生した未承認オブジェクトによる集団認識異常事件の調査中に機関エージェントによって回収されました。事件の核心である佐藤ユウキ氏の自宅からSFP-9471が発見され、その異常性が確認されました。回収時、イヤホンは電源が入った状態であり、部屋には何者かが存在していたはずの痕跡が残されていましたが、それらは佐藤ユウキ氏の両親が使用していたという明確な証拠にはなり得ませんでした。

実験記録-SFP-9471-01: 被験者: D-54321 目的: SFP-9471の基本的な異常性の確認(概念的キャンセル) 手順: D-54321にSFP-9471を装着させ、外部から特定のメロディー(「きらきら星」)を再生し、ノイズキャンセリング機能を発動させる。 結果: D-54321はメロディーが聞こえないと報告。実験終了後、D-54321に「きらきら星」について尋ねたところ、「そのようなメロディーは知らない」と回答。さらに、隣室で実験を監視していた██研究員と他のDクラス職員も、「きらきら星」という概念自体が曖昧になり、メロディーを思い出せない状態に陥っていたことが判明。30分後、全ての被験者はメロディーの記憶を回復したが、この現象がSFP-9471の概念的キャンセルの第一段階であると結論付けられた。

インシデントログ-SFP-9471-A: 日付: 20██/██/██ 概要: 収容違反は発生しなかったものの、SFP-9471の収容ロッカーの隣室で作業していた研究助手████が、誤ってロッカーから漏れ出した微弱な「無音のノイズ」の影響を受けた。研究助手████は、自身の妻の声が思い出せないと訴え、妻の写真を見せても**「誰かの写真だが、誰だか分からない」と発言。直ちに隔離されたが、数時間後には「妻と結婚したという事実そのもの」が曖昧になり始め、最終的には、研究助手████の個人的記録や財団の職員データベースからも妻の存在に関する情報が部分的に欠落し始めた。幸いにも、SFP-9471が活性化していなかったため、影響は限定的であり、研究助手████と妻は広範な記憶処理とカウンセリング**の結果、元の状態に回復した。このインシデントを受け、SFP-9471の収容プロトコルが強化され、ロッカーへの防磁処理が追加された。このインシデントは、第三段階のキャンセルの危険性を示すものとして記録されている。

追記: SFP-9471の「キャンセル」効果は、どのようなメカニズムで世界に影響を及ぼしているのか、未だ解明されていません。機関は、このオブジェクトが現実の構造そのものに干渉している可能性を強く示唆しており、将来的なオブジェクトクラスの再評価も視野に入れています。

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※以下は通常の商品であり、異常性は存在しません。


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